妙深寺には、世代別に育成会があり、薫化会(誕生~15才)、青年会(15才~30代)、婦人会(30代~60代女性)、壮年会(30代~60代男性)、松風会(60代~)といった、様々な年代の方々が活躍され、それぞれに行事を企画・運営している。また、社会的な青少年少女育成団体である、ボーイスカウト(横浜第35団)、ガールスカウト(神奈川県第24団)も活躍している。

2011年3月11日、東日本大震災の発生時には、その直後から住職のブログを通じて、いち早く正確な情報を収集、発信。全国の佛立寺院のネットワークを活用して物資を集め、支援活動のハブ寺院として活動してきました。陸前高田市での大規模な炊き出しや「うごく七夕まつり」の実現をサポート。一周忌の2012年3月11日には、高田松原の松の木で作った大塔婆を現地に建立。被災地の方々の「祈り」の場を創造し、心のケアに取り組んでいます。

正しい法をそしる(謗る)こと。この世の道理に背き、間違った生き方をしていること。法華経には、この謗法の種類として、14の謗法が説かれている。

①憍慢(きょうまん:慢心)、②懈怠(けたい:怠り)、③計我(けいが:自分の考えに固執すること)、④浅識(せんしき:浅い知識で満足してしまうこと)、⑤著欲(じゃくよく:欲望に執着すること)、⑥不解(ふげ:理解しようと努めないこと)、⑦不信(ふしん:信じないこと)、⑧顰蹙(ひんじゅく:顔をしかめること。よい行いを見て非難する心のこと)、⑨疑惑(ぎわく:疑い、迷い)、⑩誹謗(ひぼう:口で謗ること)、⑪軽善(きょうぜん:よい行いをする者を軽しめること)、⑫憎善(ぞうせん:よい行いをする者を憎むこと)、⑬嫉善(しつぜん:よい行いをする者を嫉妬すること)、⑭恨善(こんぜん:よい行いをする者を恨むこと)。過去の罪障の根源も、現在の苦しみの原因も謗法にあり、この謗法を厳しく戒め、日々罪障消滅のために御題目口唱に励むことが肝心であると教えられている。

「妙法蓮華経」の略称。法華経は中国の姚泰代の鳩摩羅什(くまらじゅう)によって、中国語に訳された経典で、古来、インド、中国、そして日本において最も信奉された仏教経典。私たち本門佛立宗の根本経典。

菩薩とは、仏様の教えに従って、人を助ける仏様の行いを助ける人のことを言う。他の人を慈しみ、他の人の悲しみ、苦しみに手を差し伸べることを自分の修行とする。み仏は、人間の素晴らしい生き方を教えてくださっています。仏教の真髄は「菩薩」という生き方です。菩薩の生き方は、
向上心と慈しみに満ちた生き方です。佛立宗のご信者は、社会生活、学校生活、家庭生活で、菩薩の生き方の実践を目指します。

久遠の本仏によって久遠という遠い昔に教導を受けた菩薩方のこと。これに対し本仏の垂迹身(分身)である迹仏の教導を受けた菩薩のことを迹化の菩薩という。本化の菩薩は地涌の菩薩ともいい、その上首、リーダー格が上行、無辺行、浄行、安立行の四菩薩。
私たち本門佛立宗では、日蓮聖人を久遠本仏釈導の直弟子、上行菩薩の御再誕としてお敬いしている。

法華経二十八章のうち、前半の十四章(品)を迹門といい、後半の十四章を本門という。迹門とは迹仏の説かれた御法門、つまり釈尊があくまで歴史上の聖者、人間釈尊として説かれた教えという意味。一方、本門はその釈尊がご自身の本身は永遠の命を備えた根本仏、久遠の本仏であるということを明かされた上で説かれた法門のこと。

法華経の第十五章から第二十二章までの 八章(八品)のこと。本門佛立宗が根本聖典とするのは法華経ですが、とりわけ本門八品の部分を重視します。その理由は、この本門八品の中で、久遠本仏の悟りとは何かが説き明され、その悟りの功徳を南無妙法蓮華経と説える信心修行の中に収めて本化上行菩薩をはじめとする地涌の菩薩方に末法の世に伝え弘めよと任を与えられているからである。

いまからおよそ3000年前、ブッダは約50年にわたり、様々な教えを説かれ、その集大成として、最も偉大な教えと宣言されたのが、法華経です。その法華経の教えを正しく読み解かれ、私たちに教えてくださったのが日蓮聖人で、私たちは「お祖師さま」とお呼びします。日蓮聖人は、法華経の中でも後半部分、本門の八品の教えが重要であるという仏様の教えを見いだされ、私たちに教えてくだいました。その後、日蓮聖人の弟子たちの中で、法華経の解釈の仕方に対立が起こり、正しいお祖師さまの教えが分からなくなってしまった頃に、日隆聖人によって、正しいお祖師さまの教えにもう一度立ち返ることができました。日隆聖人のことを、私たちは「門祖聖人」とお呼びします。
さらにその後、幕末の頃に、再び乱れてしまったお祖師さまの教えを、もう一度元にもどし、正しいご信心を私たちに教えてくださったのが、開導日扇聖人です。日扇聖人は、正しい仏様の教えは、「人」ではなく、「仏」によって立てられなければならないと説かれ、その宗名を「本門佛立宗」と名付けられました。