私たちがお唱えする御題目のこと。言葉の意味としては「妙法蓮華経(法華経)」に「南無(帰依)」するということだが、南無妙法蓮華経というひとつの聖なる言葉(マントラ)としてお唱えするときは、この言葉自体にみ仏の聖なる力が込められていると教えられる。

久遠本仏と法華経に説かれる妙法と御題目(南無妙法蓮華経)は一つのもの。日蓮聖人はこれを御本尊として南無妙法蓮華経と書き顕された。

ただし、同じ南無妙法蓮華経でも、宗派によってこの出典は異なり、正しくお唱えすると、「本門八品所顕、上行所伝、本因下種の南無妙法蓮華経」と熟語する。これは、法華経本門八品(如来寿量品第十五~属累品第二十二)に説きあらわされ、上行菩薩に付属された、成仏の種が込められた南無妙法蓮華経という意味になる。

上行菩薩が法華経の御題目を弘めるために、私達と同じ人間としてご再誕(誕生)されたのが日蓮聖人である。
日蓮聖人は1222年(貞応元年)、千葉県小湊にご誕生になり、16歳で出家された。
その後、鎌倉や比叡山で学ばれるうちに仏様の真意をつかまれ、乱れた世の中を正し、苦しみにあえぐ人々を救うには法華経しかないとの結論に達せられた。
そして1253年(建長5年)32歳の時、千葉の清澄山旭ヶ森にて 立教開宗(教えを立てて宗を開く)され、御題目を声高らかに唱えられた。
それから日蓮聖人は様々な迫害を受けながらも、人々に法華経の教え、御題目を信じ、唱えることこそ、仏様の真意であると説き続けられた。
法華経には、末法に仏に代わって法華経を弘める者は流罪を受け、刀で切られそうになり、その他、種々の迫害にあうであろう。しかし、法華経の行者を守護する諸天善神はこの人を守り、その使命を全うすることを助けるであろうと説かれている。日蓮聖人のなさったことと、受けた法難を法華経にこうした記述と照らし合わせると、本仏釈尊の使者上行菩薩の再誕とは日蓮聖人以外にはありえないのです。
こうして命がけで仏教を法華経で統一されようとするとともに、多くのお弟子信者を育てられた。そして多くの人を御題目によって救われ、数々の現証をあらわされた。
日蓮聖人は1282年(弘安5年)10月13日、大田区池上でご入滅された。