身体は人それぞれに異っても、心は一つということ。この一つとは、ご信者みんなが、仏様やお祖師さまの心と一つになるということ。単に「仲良くしましょう」ということではない。異体同心はご信心の要であり、これを破ることは厳しく戒められている。

仏様が悟られ、私たちに教えてくださった、この世界に存在する根本の法則の一つ。「何かの結果には、それを起こした原因が必ずある」という道理のこと。私たちの身の回りに起こってくるすべての出来事は、偶然に起こることは何一つなく、すべて自分が過去に行った行為によって影響を受けているということ。因果応報、自業自得と言われるもの。善行や悪行の記憶は魂の深層に刻まれ、これを「業(ごう)」といい、現在の自分の考え方や行いに影響を及ぼす。悪行によって刻まれる業を「罪障」、善行によって刻まれる業を「功徳」といい、ご信心は、罪障を消滅し、功徳を積むことを実践するもの。これは現世の行いだけでなく、過去世や未来世といった三世にわたる。

自分が持っているものを、他に振り向けること。これら回向の対象として、過去の衆生(亡き人々)、同信の人々、そして広く一般の人々がある。

御題目を唱えること。また、本門佛立宗の法要式「妙講一座」に従って一座の法要を勤めることを言うこともある。

お経とはお釈迦さまが50年間説かれた教えをまとめたテキストのこと。お釈迦さまがおられた当時は、教えを聞いた方々が、それぞれ口づたえで仏教を伝承していったが、お釈迦さまがご入滅された後、その偉大な教えを後世に残すために、多くのお弟子が集まり、一つ一つ検証をしながら、多くのお経が編纂された。そのお経が中国やスリランカなど各地に伝わり、日本にももたらされた。

本門佛立宗の信行活動の基本で、お寺や各ご信者の家庭で行なう行事。御題目口唱を中心とし、さらに御法門によって教えの解説や教導を行なう弘通(布教)のための行事で、お互いに導き学びあって信心の増進を図り、菩薩を目指して自分と他人をよくすることを心がけ、御法の繁栄隆昌を祈る道場の役割がある。

御宝前(仏前)にお供えし、御題目を唱え込んだお水のこと。仏様のお力がこもったありがたいお水として、大切にいただく。御題目を直接体の中に取り入れる方法として、病気平癒や健康維持のために、佛立宗の信徒宅では毎日お供えし、日常の飲料に用いられる。

ブッダ(釈尊)が生まれるはるか遠い昔、人々を救う修行を重ねてついに万物の真理を悟られた、 「久遠の本仏」とお呼びする仏様がいらっしゃった。
今から三千年前、その教えを悟り、人類を救わんがためにインドに仏教を弘められたのが、シャカ族の聖者、お釈迦さま(ブッダ)です。
お釈迦さまは、青年時代、避けられない人生の苦しみ(生老病死)にぶつかり、 どうすればその苦しみを解決できるかを考えられた。
そして十九歳の時に、 王子の位を捨て家庭から離れ(出家)修行生活に入り、命を懸けて道を求められた。
苦行や瞑想といった修行を経て、菩提樹のもとに座られたブッダは、 ついにご自身の内面に久遠以来の仏が顕われ息づいておられるのを見た。
これを成道といい、三十歳の時と伝えられている。
ブッダは約五十年にわたって、 さまざまな人々に教えを説き続けた。
そしてブッダが各時期、各地方で説かれた教えは、のちにそれぞれが一つのまとまりを持ったスートラ(教典)として編纂されていった。
膨大なスートラに盛り込まれた教えの内容が大きく違いますが、 それは応病与薬といって、ブッダの教えが説かれた相手の、 悩み・状況・能力 などを考慮されてそれぞれにふさわしい教えを説いていかれたからである。
そして最後には皆が成長して「本当の教え」を聞いて理解する力を養うためだった。
ブッダはそのご晩年、「本当の教え(法華経)」(妙法蓮華経)を説かれ、 当時の大勢の人々にも悟りを分け与えられました。しかし、本当にブッダが心配されたのは、八十年間のご生涯を終え、この世からお姿をかくされてより二千年後、末法時代に生まれてくる人々 のことで、それが何より気がかりでした。
そこで未来の人々のために自分で悟りを開くかわり、信心の道を示されました。
すなわち、釈尊の厳しい修行の功徳とお開きになった悟りの果報とをこめた、「南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)」の御題目をのこしてくだされた。
そして、久遠以来のお弟子であった上行菩薩に御題目を授け、 未来の衆生の救済を託されたのである。

助行には、二つの意味があり、一つは根本の修行(正行)の助けとなる修行のこと。もう一つは、願いをもつ本人(正行の人)に対して、信者が互いに励ましあい、喜んで信心修行ができるよう、信心の仕方や心得を教え、信心増進の援助をすること。“お助行”という場合は、後者を指すことが多い。

佛立宗のお寺の住職を信徒はお導師と尊称し,その弟子の僧侶をお講師(お教務さん)と呼ぶ。