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第3次支援活動

今回の第三次支援活動中、ご奉公されていた小原旭くんが作業中の事故のため帰寂されるという大変な出来事がありました。

事故以降はとにかく無事に小原くんを日本へ連れて帰ることを第一にご奉公が進められ、当初の予定とは大幅に変更となりましたが、責任を果たすため、今回の支援活動の一部始終をご報告いたします。

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第三次支援活動はまずはじめにコレイア清行師が11月6日からネパールに入り、現地との調整を図り、サムンドラデヴィ村の学校建設を進めていました。14日からの日程で、先発として妙深寺より兼子清顕、北﨑立耕師、野崎隆雄さん、黒﨑とし子さん、故・小原旭くん、法深寺より石田哲也くんらとともにネパールへ向かい、15日にネパールに到着して、インドのシェーカーと合流しました。

ご住職は15日からネパールへ向かい、16日に到着して、スリランカの良潤師と現地で合流しました。

◆ 11月14日

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先発のチームはネパールのカトマンズに到着すると現地のボランティアチームのリーダーであり、お教化となったディペシュと合流し、カトマンズから車で約2時間の距離にある山岳地帯のサムンドラデヴィ村に向かいました。

オフロードの車で向かいましたが、山岳地帯は大変な悪路で、岩がむき出しになった細い道を延々と登って、辺りが真っ暗になった夜になってようやく村に到着しました。

夕食をとり、夜はキャンプファイヤーのように焚き火を囲み、みんなで集まり、自己紹介などをしました。

この時、小原くんが長年勉強した英語で「自分は生まれ変わるために今回のネパール支援活動に参加しました。よろしくお願いします。」と語ってくれました。

 

◆ 11月15日

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朝8時から学校建設現場に御本尊をお祀りし、海外からのボランティアスタッフや現地の方々と一緒にネパール大震災早期復興、無事学校建設のご祈願をさせていただきました。

朝食をとり、学校建設の作業へと取り掛かりました。立て直す学校は地震対策としてまず土のうを積み上げて、外壁の枠を作り、その後コンクリートで固めるという手法をとっています。

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3チームに分かれ、土を掘って、袋に入れて、現地ではアースバックと呼ばれている土のうを作るチームと、土のうの土が漏れないように針と糸で口を結ぶチームと、その土のうを持ち上げて積んでいくチームで作業が進められました。

はじめのうちは土を掘り返すつるはしに慣れず、うまく掘れなかったり、30キロ以上ある土のうを持ち上げるのに苦労したりとスムーズにはいきません。

ネパールの人たちは山岳地帯に住んでいるため、ご年配の人でも足腰がとても強く、日本の私たちはなかなかついていけなかったのですが、午後にさしかかると要領を得て、現地の人たちの作業に追いつけるようにみんなでがんばりました。

午前、午後と作業をして、陽が落ちたところで一日の作業を終了しました。

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夕食をとった後はまた焚き火を囲い、集まりました。ボランティアスタッフの中心の一人であり、お教化となったスニールがギターを持ってきて、ネパールの伝統的な曲など歌ってくれました。

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その時にスニールから「誰か日本の曲を歌ってほしい」とリクエストがあり、日本の私たちが難しいねと顔を合わせていたところ、小原旭くんがギターをとって、弾けないながらも日本を代表して一生懸命に歌ってくれました。

最初に歌ってくれた曲は「島唄」。第二次世界大戦で戦地となった沖縄を想って作られた曲であることを小原くんが説明してくれました。

続けて歌ってくれたのは「見上げてごらん夜の星を」曲を聞いてふと夜空を見上げると電気ひとつないネパールの山から見える星空は、いつもより空と近いせいか宇宙を感じさせました。

 

◆ 11月16日

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この日も朝8時からお看経が始まる予定でしたが、7時30分頃に小原くんから「少しお看経を始めていていいですか?」と話があり、みんなよりも早く教室の片隅で、懐中御本尊を壁にお掛けしてお看経をしていました。

御題目の声が聞こえると学校の周りで遊んでいたネパールの子どもたちが小原くんのもとへ集まって来て、誰から言われるでもなく、一緒に御題目を唱え始めました。

気が付くと小原くんが導師で5人の子どもたちとのお看経の一座となりました。みんなが教室に集まり「小原くん、すごいね!」と純粋な海外弘通のご奉公の姿に一同、感動しました。

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8時からはいつものようにみんなでお看経をさせていただき、朝食をとり、さっそく作業が始まりました。

二日目になるとだいぶ慣れてきたこともあり、昨日よりも作業がはかどりました。

昼食の前に、コンクリートの原料など資材を村まで運んできたトラックが急な下り斜面に駐車したため、急遽ロープで引っ張って斜面から上げる作業が入りました。この作業中、小原くんが急発進したトラックに巻き込まれる事故が起こってしまいました。

事故の直後、意識のはっきりしていた小原くんを何とか病院へ搬送しようとしましたが、日本と違って救急車もありません。移動で使ったオフロードの車もカトマンズの空港へ向かっていました。

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時間もかけられないので、仕方がなく資材を運んできたトラックの荷台に出来るだけの緩衝材を敷いて、小原くんの身体を運び、清顕と黒﨑とし子さん、通訳ができるシェーカー、イギリス人ボランティアで医療を心得ているジェシーが同乗して、身体が浮くほどの延々と続く悪路を、とにかく一秒でも早くという思いで病院へと向かいました。

事故の直後から小原くんは「痛い」という言葉を「南無妙法蓮華経」の御題目に変えて、周りの人と一緒にずっと御題目を唱え続けていました。

トラックに乗った後も、悪路の衝撃から少しでも小原くんの身体の痛みがないようにとみんなで小原くんの身体を抑えながら、御題目を唱え続け、途中でカトマンズから戻ってきたオフロード車に乗り換えて、病院へ急ぎました。

当初、目立った外傷がなく、骨折かどうかと思われていましたが、段々と小原くんから御題目の声が聞こえなくなり、眠るように意識が無くなっていきました。

異変に気付いたジェシーが人工呼吸をする中、病院に駆け込むと同時同刻に病院に着いたご住職が車から小原くんを病院へ担ぎ込みました。

しばらくして医師からの説明があり、すでに呼吸が止まっていて、治療ができないという説明がありました。

信じられない事態に、みんなが泣き崩れる中、連絡すべき方々へ事態をお伝えしました。支援活動は一時中断し、その後の対応に尽力しました。

 

◆ 11月20日

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事故から数日の間に小原家のご家族がネパールへ到着され、枕経をさせていただいたり、大使館と書類の手続きをするなど旭くんを日本へ帰国させるための準備が進む中、帰国前日となる20日に小原家のご希望で一緒に事故の現場であるサムンドラデヴィ村へと向かいました。

妙深寺本堂で道中無事安全の口唱会が行われる中、小原家のご家族をカトマンズからサムンドラデヴィ村へとお連れしました。

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無事に村に到着すると、まず事故現場に御本尊をお祀りし、ご家族とともにご回向の一座が奉修されました。また旭くんのことを決して忘れないために、現場近くに桜の植樹を行いました。

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その後、旭くんの慰霊法要を兼ねて、当初予定をしていた再建中の学校の上棟式が執り行われました。

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御本尊の左側には旭くんの写真を置き、まわりをたくさんの花で飾りました。

現地の学生を含めて約200名が集う中、慰霊法要と上棟式が始まりました。

旭くんの追善回向、そしてネパールの復興、学校再建を祈る御題目口唱の後、ご住職より旭くんのお話がありました。

旭くんが抱えてきたこと、生まれ変わるためにネパール渡航を決意したこと、驚くことに四十九日目が旭くんの誕生日である1月3日であること、ご家族から決してネパールの支援を止めないでほしいとお話があったことなどお話しされました。

その後、全校生徒による黙とうがおこなわれ、先生から旭くんに捧げる詩が朗読されました。

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「小原旭氏へ捧げる詩」

この世界を旅立った友よ

予期せぬ 早すぎる死による痛みは 時だけが解決するだろう

言葉にできない 我々の心境を 言葉にはできない

しかし 仏陀の下でのあなたの任務は 永遠に刻まれる

そして その素晴らしき貢献は 我々の記憶の中に留まり続ける

死はどうすることもできない

はかりしれないほどの悲しみを胸に

あなたを悼み あなたに敬礼をして あなたを尊敬し続ける 永遠に

あなたはここにはいない

しかし あなたの魂は我々とともにある 永遠に

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

「心からの哀悼」

恐怖に満ちたネパール大地震の後、身体的に復興支援に力を注ぎ、

私たちネパール人へ素晴らしき支援をしてくださった小原旭氏のヌワコットでの早すぎる死にお悔やみを申し上げます。

今、私たちは二度と起こるべきではない今回の事故に対して大変ショックを受けています。

私たちは小原氏が再び生まれかわるように仏様に祈り、小原氏の霊魂、遺族、友人、仲間たちが抱える心痛に力を与え、そして、小原氏の霊魂が寂光で安らかに眠りますように祈願いたします。

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こうして旭くんの事故、帰寂を胸に刻み込んで、ネパールの復興、学校の再建を改めてお誓いをし、慰霊法要・上棟式が終了しました。

 

◆ 11月21日

旭くんのご遺体と一緒に小原家のみなさま、支援活動ご奉公者は日本へと帰国の途につきました。

コレイア清行師はネパールに残り、学校建設の支援ご奉公を継続しました。

今後も旭くんのためにもネパールの支援活動をしっかりと継続してまいります。これからも、皆さまのご支援をよろしくお願いいたします。

ありがとうございます。

(兼子清顕)

hbs • 2016年3月28日


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