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第1次支援活動

2015年8月15日~20日

◆8月15日(1日目)

日本、スリランカ、インド、ブラジル、そして現地ネパールの青年たちも加わっていますから、5ヵ国の編成チームが、HBSネパール大地震支援チームです。

カトマンズの街に入り、全員が合流しました。市内を巡り、大地震の残した傷痕を見ながら、支援物資を現地で購入しています。

朝、現地の青年やホテルの従業員の方々も交えて、御題目口唱のセッションを行いました。今日から山間部に入ってゆきます。村落の学校を訪れ、まず学生のために物資を届けます。

 

◆8月16日(2日目)

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昨日の午後、ようやくストライキがおさまった頃、すでに夕方の4時を過ぎていましたが、四駆の車に子どもたちに贈る文房具を載せ、子どもたちの待つ村に向けて出発することができました。

車の中にメンバーが乗り切れず、5人ほど荷台に。日本ではできませんが…。

雨が降ってきたので、荷台にブルーシートをかけ、その中に荷物と人が入ります。

カトマンズから車で約2時間。山を登り続け、私たちの目指す村は、道が土砂崩れや地滑りで道が塞がれ、車では通ることができないので、そこからひたすら歩きました。

日もドップリ暮れて、真っ暗闇を懐中電灯を付けて、ぬかるみや岩だらけのゴツゴツしたデコボコ道をただただ、転ばないように、崖の下に落ちないように、怪我をしないように気をつけて進みました。

雨が降り続けるなか、三人がヒルに吸われたり、岩で足を切ったりしましたが、大きな事故は奇跡的にありませんでした。

滝が流れ、川の中をビショビショになりながら通り、細い道、階段を上がり、下り、予定では徒歩2時間でつく所を4時間以上かかって、真夜中に目的地の学校に到着しました。

私を含む5人は、学校の教室を借りて、机を並べてその上に寝袋をひいて寝ました。

 

◆8月17日(3日目)

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朝起きると、そこは天空の学校でした。

アニメの「風の谷」のような、とても美しい天上世界のような光景が広がり、夜中の雨も止んで、二重の虹がかかっていました。

朝早くから、学生さんたちが登校していましたので、テントをたたみ、朝ごはんのビスケットとカップラーメンを食べ、そしてこの後の準備に取りかかりました。

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御宝前の準備をととのえ、私たち教務(僧侶)は白い衣に着替え(黒い色は忌み嫌われるとのことで)、急勾配の山岳地域なので、狭い校庭に4歳から18歳までの全生徒と、校長先生以下全教員が集合。

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ディリーパ良潤師から、私たち本門佛立宗の紹介と、正しい仏様の教え、御題目についてあらましを英語でお話しいただき、それを現地の先生がネパール語に訳して生徒に伝えていただきました。

声に出して「ナムミョウホウレンゲキョウ」とお唱えすること、それはとりもなおさず、地震で亡くなった方の苦しみを取り除き、楽を与える供養になります。またそれが自分の幸せへと繋がる。

そしていざ、お題目の唱え方の練習、「ナム」「ナム」「ミョウ」「ミョウ」「ホウ」「ホウ」と、子供たちが歌を覚えるときのようにパートに区切って練習。あっという間に覚えてしまいます!

そして10分間の口唱会、チャンティング・セッション。素直な子供たちの大きな綺麗な声が、ネパールの空にこだましました。

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御題目の口唱が終わり、いざ文房具のプレゼント。実はこの学校の校舎のほとんどが地震で倒壊した程、揺れもさることながら、昔ながらの煉瓦造りの建物で、あらゆるものが壊れなくなり、この秘境の地には、なかなか支援の物資も届きませんでした。

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文房具に子供たちは大喜び。定規やコンパスがセットになった文具箱の裏には、ホテルでシコシコ準備した仏丸のシールが貼られています。

いつか必ずこのご縁が開きますように。今回の支援活動は第一次なので、「また来るね!」と一人一人に声をかけて、学校を後にしました。帰り道もまた、絶句するほどにきつい行程で、雨にもうたれて、風邪をひきそうですが、なんとかカトマンズまで戻ってまいりました。

明日はまた別の村に向かう予定ですが、そこは今回の村よりもさらに遠く、電波はもちろん届かない場所になります。

 

◆8月18日(4日目)

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二つ目の村、「ベルコット村」に届ける支援物資のリスト。トタン屋根・お米・小麦粉・塩・砂糖・石鹸、、、これらを調達するのに半日以上かかってしまいました。

夕方4時を過ぎてカトマンズを出発。最初の村よりも遠く、高い場所にある村を目指し、オフロードの車で山奥へ分け入って行きます。

「ここ行くの?」と、目を疑う道をひたすら進み、途中、屋根に乗せている荷物が落ちたり、これまで経験したことがないすごい道、こんな道は通ったことがありません。

土砂崩れのあと、あちこちに大きな岩が落ちていて、そして激しく雨が降り、不安で御題目をお唱えしながらビデオをまわしていました。

車体の底を何度も強くこすり、ぬかるみにはまり、そして走る。しかし、日が沈み、だいぶ高地まで来たところでストップ。道の先で土砂崩れが起きていて、車では進めなくなってしまいました。

ここから村まで6〜7キロあるとのことで、歩いて行くか迷いましたが、雨が強く、気温も低くなってきていたので、これ以上進むことを断念し、近くの山小屋まで戻り、そこで一晩を過ごすことに決めました。

その後、小屋の方が、しめたばかりのチキンをカレーにしてくださり、とても美味しく、鶏の命に涙が出ましたが、心から感謝し、みんなで「願はくは生々世々菩薩の道を行じ」の願文をお唱えし、ちょうだいいたしました。

そして小屋の床をお借りして、そこに寝袋を敷いて就寝。一夜明けて、外に出ると、雨がますます強くなり、土砂を撤去する作業を予定していますが、土砂崩れがなんと5ヶ所も起きているとのこと。

昨晩、もし歩いて強行突破していたら、土砂に巻き込まれて最悪の事故を招いていたと思います。ご守護をいただきました。本当に良かった。
◆8月19日(5日目)

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今日は奇跡の連続でした。

朝から強い雨が降り続いていたので、土砂崩れの情報もあって、目的の村には辿りつけないかと思っていました。

しかし、その村から、20人くらいの若者からお年寄りまでが集まってくださり、土砂を取り除く作業に取りかかりました。

もちろん、私たちもシャベルや鍬を借りて、土砂を取り除く作業に参加。標高が高いので、通常より短い時間で息があがり、頭がクラクラして、すぐ気持ち悪くなってしまいました。

土をかいて、かいて、かいて、かいて、、、途中、また土砂が崩れてきて、危うく事故になるところでしたが、間一髪、逃げることができ、約二時間ちょっとで道ができ、これだけで感無量!

しかし村までまだ7キロぐらいあり、道はひどく、支援物資を積んだトラックの運転手は、これ以上進むことを嫌がっていましたが、何とか説得。再び進みはじめ、他は大きな土砂崩れではなく、ついに学校に到着!

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こんな標高が2000メートルもある山奥の学校に、やはりたくさんの子供たちが待っていてくれました!

着くなり早速セッションを開始。学校の校庭に、御本尊をおかけした途端に雨が弱まり、ついには晴れてしまいました!お計らいをいただき続けています!

 

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その後、私たちの紹介と、良潤師から御題目口唱の説明と練習をしてもらい、本当に短い時間でしたが、かえってもっと御題目を唱えたいという気持ちになったのでしょう、あちらこちらで「ナム?」「ミョウ?」と唱え、教えあっていました。

その光景はとてもありがたく、涙が出てきました。

そして文房具のプレゼント。素直で本当にかわいい子供たちに、日本の皆さまの思いを、やっと、何とか、奇跡的に、届けることができ、またもや涙。

たいへん短い時間でのセッションでしたが、中身の濃い時間で、先生方や子供たちとうちとけ、またの再会を約束し、学校を後にしました。

 

次に向かったのはその先にある村。

支援物資、お米1トンをはじめ、様々な生活必需品をトラックに満載、詰め込んでいきましたので、それも村にお届けできました。

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あの道のりを、トラックの運転手もかなり嫌がっていましたが、本当によく来てくれた。村人たちの喜びようは大変なものでした。

土砂崩れの現場も治してくれていましたし、もっと長い時間、ゆっくり話して滞在したかったのですが、すでに夕方5時近くなっていて、またいつ雨が降りはじめるか分かりません。

すぐに村を後にして出発すると、車がまたもや坂道を登れない。

何度も、何度も、車から降りては押し、大きな石をタイヤの前に置き、車がスリップしてひかれそうになったり、タイヤにかきだされた石が何人かの足に当たって、幸い大きなケガにはなりませんでしたが、もうヘトヘトになりながらも、無事にあの土砂崩れの現場も通過!

全てのミッション、ご奉公をまっとうすることができました。途中、何度も予定をかえ、あきらめかけましたが、その度ごとにお計らいをいただき乗り越えることができました。

山道から舗装された道路に出たら、車内で拍手と、歓声があがり、また、カトマンズ市内に入ると拍手と歓声!

本当によく、全てをこなし戻ってこれました。世界中でご祈願をくださっているご信者さまがたのお陰です。

ありがとうございました。

(清水清康)

hbs • 2016年3月26日


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