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第4次支援活動

2016年1月23日~28日

◆1月23日

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今回村へ向かう前に、長松ご住職、良潤師、シェーカー、ネパール信徒のビノットが首都カトマンズより飛行機で30分のところにあるポカラという街を訪れました。

前回お教化になったネパール信徒のビノットから「ぜひポカラでも佛立宗の教えを弘めていただきたい」とご住職がネパール入りする前にお願いがあり、今回ポカラまで現地調査に行きました。

また、妙深寺で毎月ヨガ教室を開催していることを知ったビノットは知り合いのヨガの先生を紹介してくれました。

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その方はネパールを代表するヨガの先生の一人で、これまで妙深寺の坊主ヨガ・インシーで行ってきたヨガと法華経本門のマントラ・南無妙法蓮華経を唱えるレッスンの融合について、意見交換することが出来ました。

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ポカラは、美しい湖の向こう側にはヒマラヤの山々が現前に広がっていることで有名な街です。このポカラを代表する専門性の高いヨガのセンター、「プルナ・ヨガ・センター」を訪れ、様々な知見を得ることが出来ました。

本当に、不思議なことに、想像もしていなかったのに、スケジュールがどうなるか分からなかったのに、今夜はなんと満月でした。

この夜はこちらに泊めていただくことになりました。清行師は、先に村へ向かい学校校舎建設工事を行いました。

 

◆1月24日

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朝方、湖畔のポカラから山を登り、山頂のサランコットという村から日の出を見ました。

目の前に聳えるアンナプルナ、標高8000メートルを超えます。聖なる山として立ち入ることが許されていないマチャプチュレ、その姿から「フィッシュテイル(魚の尾)」とも呼ばれています。

さらにその奥には、この山々の中で最も標高の高いダウラギリ。距離が遠いので、アンナプルナやマチャプチュレより低く見えます。

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立ち昇る太陽に向かい、懐中御本尊を奉安し、御題目をお唱えしました。

すると、ネパールらしい、うっすらした雲の中から、真紅の太陽が昇ってきました。

小原旭くんを思いました。

「本地院信昇日旭信士」まさに、この法号は、旭くんのこと、こんな瞬間のこと、法華経本門のご信心で、生命を燦然と輝かせ、昇華する人を表しています。

ネパールでの支援活動、ご弘通ご奉公が、無事に進みますように、ご奉公するみんなの願いが叶いますように祈り、重ねて旭のご回向をさせていただきました。

「最近のお天気では珍しく素晴らしい朝でよかったね」お看経の場所を借りた老夫の言葉にみんなで感謝しました。

 

◆1月25日

午前中、HBSのバナーや仏丸のモニュメントを取りに行き、工事に必要な備品の買い出しをしました。

また、前回の小原旭くんの事故の後、大変お世話になったディペッシュのお父さまにもお会いし、お礼をさせていただきました。

午後、サムンドゥラデヴィ村へ向かいカトマンズを出発しました。その道中、以前から土地をHBSに寄付したいという話が進んでいたため、その候補地であるスワカニ村を訪ね、土地とそこにそびえ立っていた倒壊したストゥーパ塔を見学しました。

その後、サムンドゥラデヴィ村へ到着。到着後すぐに、お教化になったビカス宅へ2時間の山道を歩いてお助行に伺いました。

この日はそのまま、ビカス宅で食事をいただき、一夜を過ごしました。

 

◆1月26日

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早朝、ビカス宅を出発して、サムンドゥラデヴィ村へ戻りました。

校舎完成まであとわずか。午後からは、みんなで建設工事の作業を行いました。壁にカトマンズの職人が作成してくれた佛丸のモニュメントを取り付けました。

夕方は、この村の村長でありお教化になったミルキーバ︱バ宅を訪ね、お助行をさせていただきました。その後、夕食をいただき学校へと戻りました。

 

◆1月27日

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建設工事も大詰め。この日は、翌日のオープニングセレモニーへ向けての準備、最終工事を行いました。

校舎の壁の塗装作業は、みんなで色を話し合い、学校の壁の色はネパール支援活動チームのカラーであり、新緑の緑を選択。

屋根は空の青で、外壁には金色のラインを入れて、窓枠は茶色です。

教室内はツートンカラーで上は明るい白、下は緑となりました。

そして、屋根を取り付け完成です。

昨年10月から始まった約4か月におよぶサムンドゥラデヴィ村での学校校舎建設工事。

この間さまざまな問題、苦労を抱えながらも無事に完成しました。

明日はいよいよオープニングセレモニーです。夕方は、信徒のアルナ・ラマ宅を訪ね、お助行をさせていただきました。

 

◆1月28日

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HBSとして海外初となる学校の完成を祝し、オープニングセレモニーを奉修しました。以下、長松ご住職のブログより抜粋いたします。
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今回のご奉公のことは、まだ、言葉になりません。今生人界の、確かな思い出となりました。

何度も、涙が出ました。

解決できそうにないこともあり、ひとつひとつ話し合いを重ねて、最後にはサムンドゥラデヴィの村と私たちが一体となりました。

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250人を超す生徒たちの笑顔。仮設の教室から聞こえてくる声。古いテレビ番組「川口浩探検隊」に出てくるような村のお家へお助行に行き、一夜を過ごしました。

鼻にビアスをした、働き者の女性たち。三匹の鶏を捌き、お湯につけながら毛を取ります。

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双子の子どもたち、ご両親、長男、姪、そして私たち。夕方6時になると真っ暗になって歩くことが出来ません。

そもそも、お助行も、ご供養と宿泊することを前提に伺うしかありませんでした。10人全員が、その家の土間の上で寝ました。

私のすぐ隣には15才の美しい少女が寝息を立てていました。真夜中1時過ぎ、足を突く者がいたので、誰かが起こしていると思ったら子猫でした。

なかなか眠ることは出来ませんでしたが、五つ星のホテルに泊まるよりも一生の思い出となる素晴らしい一夜でした。

テントの中では寝袋に入って休みます。あまりにも寒いので、みんな昼間の洋服のまま寝ます。

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村人の口々から旭の名前が出て、あちこちで名前を呼んでいるのが聞こえました。

旭のために植えた桜は、ほんの少し芽が出ていました。

ミルキーババが、山羊たちが新芽を食べないように、きれいな柵を作ってくれました。

壮絶な支援活動でした。学校の壁の色は新緑の緑、屋根は空の青。外壁には金色のラインを入れて、窓枠は茶色です。

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教室内はツートンカラーで上は明るい白、下は緑。棟上御本尊は、校舎の棟の上にご奉安されると思っていましたが、生徒の誰もがいつでも拝見出来るように、外側の壁に特別な檀を設け、みんなが通る校庭に向かってご奉安されました。

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支援活動を通じて、ネパールにも、この村にも、どこに出しても恥ずかしくない、純粋なHBSのメンバーが生まれました。わずか半年のことです。

支援活動に参加した全員、特に最初から体当たりのご奉公を重ねてきたコレイア清行師のご信心の賜物です。

誰もが、心を震わせて、喜んでご奉公してくれました。この国で、ネパール人によるボランティアが行われました。

「これまで、このようなことがあっただろうか。これまで、このような人たちがいただろうか。私は、それを知らない。この国は変わることが出来る。HBSの活動によって、私たちは多くを学んだのだ。この村を、この地域で、この国で、最も素晴らしい村にしようではないか。このことを、ここだけではなく、ネパール全国に広めようではないか。」

学校長が、声をうわずらせながら、力強く話した言葉に、心から感激しました。

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村中に響く上行菩薩所伝の御題目。

ダイバーシティ。人びとの顔も、文化も、宗教や信仰も、すべてが雑多に混ざり合った、多様性の象徴のようなこの国で、私たちがいただいているご信心の普遍性について思い知りました。

その全てにおいて、適合する、通用する、受け入れられる、理にかなっているのは、万法具足の妙法です。私たち自身も、気づいていないかも知れません。

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このネパールに、ご奉公の機会を与えていただいた全てに、心から感謝いたします。

まだまだ、序章のようなものです。これから、さらに前に進みます。

朝夕、ご飯を食べる前にも、みんなが「南無妙法蓮華経」と御題目をお唱えしています。

「私はこれで救われたのです」

「私はドラッグで人生の15年間を失いました。しかし、私は南無妙法蓮華経に出会って変われたのです」

「御題目を唱えたら天気が変わったのです」

「このマントラは宇宙や自然と繋がっています」

みんな現証の御利益に感激し、熱く語ってくれます。

シンプルな修行、奥深い教理。私たちはまだ頭でっかちなのかもしれません。

もっと純粋にならなければ、ご弘通は出来ないということに気づきます。

思いもよらなかったことですが、大地震の支援活動を通じて、このネパールで、スリランカ、インド、ブラジル、そして日本が一つとなり、新しい時代のご弘通が始まりました。

振り返ってみると、私たちはいただいている尊い教えの可能性を、その10%も引き出していないのではないかと思います。

悠久の時間の中で、多様な宗教や文化の中で、三国伝灯、蓮隆扇、受け継がれ、育まれてきた真実の仏教のスゴさを痛感しました。

川口浩探検隊ではないですが、秘境の地で何かを見つけたのではなく、自分自身を、私たちのご信心の素晴らしさを再発見したということなのかもしれません。

気づき直すこと。宝物に。

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学校の理事会と向き合い、いろいろな話をしました。

彼らは自ら「アキラ・オバラ」の名前を永遠にこの村に刻むための提案をしてくれました。

「これでは5年で忘れられてしまう」

「これでは10年だろう」

その話を聞いていて、涙が出たのです。

僕たちは小さな小さなボランティア団体で、もう予算もないのに、彼ら自身がそうして話し合ってくれていました。

また歴史的なご奉公になったのではないかと思い、旭の霊前にも胸を張って報告できます。

おぼっちゃまの僕にとっては、また苦しい、厳しい体験でしたが(笑)、歴史が動いたように思えて、すべてが今生人界の思い出です。

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子どもたちへ贈呈品のボールペンをプレゼントして、セレモニー終了後、カトマンズへ戻りました。

2月には、ネパール国への登録により、ネパール信徒を中心とする、法人「Primordial Buddhism HBS Nepal」が正式に発足しました。

さらに2月16日には、ネパール信徒の交渉、話し合いの結果、ヌワコット群のスワカニ村にある一部の土地を村から「Primordial Buddhism HBS Nepal」が貰い受けることとなりました。

4月には、ネパールを訪れ、ネパール大地震犠牲者一周忌の追悼式を予定しています。

hbs • 2016年3月31日


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